アフタヌーンで連載中の人気漫画『波よ聞いてくれ』。斜陽産業通りこして嗜好品文化の仲間入りしてそうなラジオの世界を描いた漫画である。
地味なテーマと見せかけて主人公を始め登場キャラがことごとく強烈で、その小気味良い会話から繰り広げる物語は癖は強いが面白い。マンガ大賞に2年連続ノミネートされるなど評判の作品なので読んだことないという方はこれを機会に触れてみてほしい。
さて、今回はその強烈な作品の生みの親である作者『沙村広明(さむらひろあき)』先生に注目してみたいと思う。
無限の住人などを手掛けた画力に定評のある実力派!
まずはグーグルにて『沙村広明』で検索してみたところ表示される簡単なプロフィールがこちらだ。
なるほど立派な経歴の持ち主である。しかしなんだろうこの右上の絵は。代表作は『無限の住人』とあるが異色時代劇……違うよねこれ?著者近影というわけでもないだろうし、、不穏な空気を感じる。
調べてみたところ先生は『責め絵』をテーマにしたイラストを趣味で描いておられるらしい。責め絵ってなんですか?という純粋無垢な方もおられると思うので、そのイラストを収録した画集『人でなしの恋』をAmazonのレビューから引用したコメントとセットで紹介しよう。
まず始めにいっていかなければならない事は、この作品は作者、沙村広明の画集ではあるが、いわゆる無限の住人とは全く関係のない物であるという事です。普通の無限の住人や沙村広明氏のファンの方の購入は絶対にオススメできません。
表紙こそ花畑で戯れる少女の姿が描かれておりますが、中身はほぼ全編に渡って全裸で拘束され、陰惨な責めを受ける女性の姿が精密な筆致で描かれており、強度のサディストでない限り正視に耐えない狂気の世界だからです。
わ、やばい。
お前なんてものを紹介してるんだと非難を浴びそうだがちょっと待ってほしい。最初に紹介した『波よ聞いてくれ』にはここで問題視されているようなシーンは(今のところ)ない。それはもう健全な作品である。
なぜこのタイミングであえて『人でなしの恋』を紹介したかというと、沙村先生の作品にはこの趣味が強く出てるものが他にもあるからだ。「波よ聞いてくれ面白かったし他のも買っちゃお~」と気楽にポチッて泡を吹くということにならぬよう注意喚起はしっかりしとこうというわけだ。
ちなみに先生は『責め絵』については万人受けではないという認識な上、「実際に女性モデルに傷をつけてみた事であらためて自分は想像の中で女性を虐げることに魅力を感じる普通の人間である事が分かった」とコメントしておられる。確認するその行為自体がやばい気がするんですがそれは。つまりは2次元オンリーの紳士なので安心してほしい。
あと、僕は別に責め絵が好きで推してるわけじゃないです。本当です信じてください。
あらためまして、沙村広明先生の紹介を聞いてくれ
小学生のころから将来の夢は漫画家で本当に漫画家になった凄い人。かの有名な『多摩美術大学』卒だが入学した理由は「絵が上手い人がたくさんいそう」という「せやろな」と言いたくなるようなもの。漫画家としての評価は高く、画力・構成力・オリジナリティーの揃った『天才』という声もある。実力のわりにイマイチ一般受けしていないという話もあるが、先ほどの趣味の影響かどうかは不明。
代表作の『無限の住人』に影響を受けた漫画家は多く、『NARUTO』の岸本先生や少し前ネットで話題になった『ファイアパンチ』の藤本タツキ先生などと対談している。
とまあ業界内からの支持もアツいハイレベルな漫画家なのである。
僕個人としては会話のセンス、小ネタに非凡なものを感じる。ロジカルでありながらくどくない怒涛の勢いで続くかけあいが気持ちいい。
作品紹介を聞いてくれ
さて、その他の詳しい来歴についてはウィキペディア先生に譲るとして、ここからは各作品について紹介していきたい。前述のようにサディスティックな内容もあるので便宜上そういった要素のある作品を『黒沙村』、ないものを『白沙村』と分けて紹介していく。微妙なものもあるが、まあ白にしてるのはそこまで強烈じゃないということで納得していただきたい。ネタバレに関しては具体的な内容についてはまったく触れず1シーンだけを引用するに留めているのでご安心ください。
黒沙村作品
『無限の住人』
「勝つ事こそ剣の道」という逸刀流統主・天津に両親を殺された少女・凜は、仇討ちのため、身に血仙蟲を埋め込んだ不死身の男・卍を助っ人にする。異形・残虐・悲運……様々な殺人者たちが交錯し葬られる、凄惨な剣戟活劇。これが「ネオ時代劇」だ! 第1回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞作品。
手順前後になってしまった感があるが、まずは代表作の『無限の住人』の紹介をしよう。こちらデビュー作にして既にしっかりと黒い。序盤から残虐描写はあるがそれはジャブのようなもので少し話が進むとすぐに本性を見せ始めるのでそちらを楽しみにされる方はじっくり読み耽ってもらえればと思う。
本作の魅力としてはまずド級の画力で描かれた殺陣が凄い。「この流れるようなアクションが作品の見どころじゃい!」と言われているのも納得のスピード感である。
無限の住人 2巻
そして容赦なく跳ぶ首・四肢。
切捨御免の時代とはいえここまで命が軽いかよとドン引きするぐらいにポンポン人が死んでいくぞ。しかしそんなバイオレンスなやりとりだけでなく各キャラの行動原理・心理描写がたまらなくいい作品でもある。個人的にはそこが『無限の住人』の一番の見どころだと思う。
実は密かに実写映画にもなっていたりする。
なんと木村拓哉さん主演。(漫画原作実写化の中では)評判は悪くないようなので興味のある方は見てみるのもいいいだろう。まあやっぱりバイオレンスではあるらしいのでそこは注意されたし。
『叛逆ズベ公アクション』ベアゲルター
狂気か? 復讐か? 3匹の獣(めす)が牙を剥き合う…おんなの修羅場! ドイツ、中国、そして日本へ! 中国の売春街で起きた謎の殺人…それはやがて、日本の某・広域暴力団内部での現金盗難事件と結びつき、とある辺境の孤島にて、予期せぬ火花となり炸裂する!
先生いわく「自分の漫画史上最高に下品で享楽的な作品になる予定です」とのことで開幕から性癖全開大暴れの作品である。第一話を読んだら「なるほど、こういうやつね」って理解してもらえると思うので耐性のある方は試し読みしてみてもいいだろう。
この作品は「中二テイスト任侠活劇」ということでチャイナドレスのカンフーレディーや隻眼隻腕の銃使いを筆頭に棒術使いやカポエラ使いと中二心をくすぐる連中がわんさか出てきて暴れまくる。
ベアゲルター1巻
アクションシーンがとにかく魅せてくれるので好きな人にはたまらんでしょう。ストーリーもいい感じに着地点が読めず続きが気になるのだが単行本の出るペースが遅いのが辛いところである。掲載誌が休刊になったので少年シリウスに移籍したらしいが内容的に大丈夫なのだろうか。少年たちが目覚めてしまわないか心配だ。
あと全体的にハードな内容だが笑えるシーンも結構ある。
ベアゲルター1巻
めちゃくちゃシリアスな場面でこんなの差し込んでくるのはずるい。
単純にエンタメとしてハイレベルなので黒沙村の中では一番おすすめできる作品。
ブラッドハーレーの馬車
資産家・ブラッドハレー家の養女になることが、孤児院の少女たちの憧れだった。ブラッドハーレー聖公女歌劇団で華々しく活躍する……そんな期待に胸を膨らませた少女たちがたどり着いた先は、暗い暗い塀の中。恐ろしく壮絶な悪夢が始まる――。
真っ黒。上2つはおススメしましたがこれはしませんできません。残虐な描写こそ控えめだが読んだら陰鬱な気分になること間違いなしなので悲劇が好きかそういう趣味を持ってる方以外は楽しむのは難しいと思う。話としては完成度高いし雰囲気が好きという方も多いようなので僕に合わなかっただけの可能性はあるけどね。でも女の子がかわいそうでいやぁキツイ。
白沙村作品
ハルシオン・ランチ
会社が倒産し、職も家族もいっぺんに失ったさえない男・元(げん/38歳)の前に現れた、ちょっと寡黙な美少女・ヒヨス。彼女の特技は、リヤカーだろうが何だろうが、食べちゃうこと。この、使えなさそうで本当に使えない特技の美少女と38歳無職(オトコ)のふたり組のロードムービーの行く手には、ちょっと壮大なSF的展望が待っているはず!!
一番好きな作品。ほぼ全編アホなことやってるけど素敵に知的で面白い。ジャンルはSF不条理ギャグとかその辺だろうか。今読むと分からないような時事ネタ・小ネタだらけでお世辞にも万人向けに作られてないが作者のセンス剥き出しで波長が合う人間にはとことん面白い漫画。
ハルシオン・ランチ 1巻
黒さがない分普通に女の子かわいいって思えるのもいいところ。あと、ネタが多すぎて1ページ当たりの文字数がコナンくんレベルに凄いことになってる。
幻想ギネコクラシー
奇想天外空前絶後前代未聞な報われず救われないどうにもこうにもな物語が長短計12本。沙村広明史上サイコ─の眼つきが悪い美女満載これでもか!なコミックス。
ものすんげえ濃ゆいショートコメディー集。話によっては10ページにも満たないのに読み応えがある内容に仕上げているのはさすがだと思う。やたらとおっぱいが出てくるし軽いグロ描写もあるので言うほど白くないが、まああとがきで「老若男女にお薦めできる作品集になった」と先生も述べておられるので問題ないでしょう。
シスタージェネレーター
シスタージェネレーター 沙村広明短編集 (アフタヌーンコミックス)
旧家を舞台に繰り広げられる奇妙な父娘愛。女子高生が世相を斬る風刺ショートコミック。妹の身代わりとしてなった少女の奮闘記。駆け出しマンガ家・ケンの同棲物語。実録麻雀漫画。青臭さ満点の青春告白ストーリー。商業誌未発表だった幻の短編。『エメラルド』作者初の西部劇。
こちらは普通の短編集らしい内容。ギャグからシリアスまで取り揃えてあるのだが内容の振れ幅がデカい。先生のファン、もしくは黒・白両方のテイストを理解した方向け。
おひっこし
「愚痴っぽくて刹那的。おせっかいなくせに傷つきやすく。経験ないのに知ったかぶって。でも、まっすぐだったあの頃に、もう一度戻ってみたくなりました。――ナチュラル沙村ワールド万歳!!」 (漫画家・藤沢とおる)
大学生たちの恋愛ドラマ中心の話。その画力からやろうと思えばとんでもなくオシャレな正統派ラブコメも描けるはずなのにそうはならないのが沙村ワールド。しっかりラブ要素はあるのだがコメディーのキレが良過ぎてどうしてもしんみり恋愛模様を見守ろうという心に落ち着かない。
キャラが濃すぎる。
意識して真面目にラブの部分だけ見るとグッと来るんですけどね。酒飲んでるシーンが多いのだが会話が一々ハイセンスで楽しい。『おひっこし』以外にも短編が2つ収録されているがこっちは完全にギャグです。
波よ聞いてくれ(再)
舞台は北海道サッポロ。主人公の鼓田ミナレは酒場で知り合ったラジオ局員にグチまじりに失恋トークを披露する。すると翌日、録音されていたトークがラジオの生放送で流されてしまった。激高したミナレはラジオ局に突撃するも、ディレクターの口車に乗せられアドリブで自身の恋愛観を叫ぶハメに。この縁でラジオ業界から勧誘されるミナレを中心に、個性あふれる面々の人生が激しく動き出す。まさに、波よ聞いてくれ、なのだ!
最後にこの作品をもう一度。沙村作品は万人向けに作られてないと散々言ってきたが、その劇物揃いの中で一番抵抗なく受け入れられそうなのがこの作品だろう。というのも意識してエログロやパロディーを封印しているらしく時事ネタも使わないようにしているのだとか。まあ普通にあるけど。
そう書くと「薄味なの読んでもなぁ」と思われるかもしれないが、他のやつが胸やけするぐらい濃過ゆいだけだから安心してほしい。
ブッ尖った作風だからこそ刺さると深い
興味を持ってくれた方はやっぱり合う合わないはあるからとりあえず試し読みから始めたらいいと思う。ハマれば今連載中の『波よ聞いてくれ』と『ベアゲルター』はまだまだ続きそうなのでこれからも楽しめるぞ。